2026年6月25日付で、東亜グラウト工業の代表取締役社長のバトンが山口乃理夫氏から大岡太郎氏へつながれた。2017年3月に積水化学工業から同社に迎えられた山口氏は今日まで、創業者・大岡伸𠮷氏から託された持続性ある経営基盤の強化に奔走。今や管路リニューアル分野でリーディングカンパニーの一つに位置付けられるまで成長した同社はどう変わったのか――。山口氏が同社の成長に心血を注いだこの10年を本人のインタビューを交え追った。
日本水道新聞社 ×
日本水道新聞社磨き込まれた東亜ブランド
プロフェッショナル集団へ 未来創造につなぐ10年
2026年6月25日付で、東亜グラウト工業の代表取締役社長のバトンが山口乃理夫氏から大岡太郎氏へつながれた。2017年3月に積水化学工業から同社に迎えられた山口氏は今日まで、創業者・大岡伸𠮷氏から託された持続性ある経営基盤の強化に奔走。今や管路リニューアル分野でリーディングカンパニーの一つに位置付けられるまで成長した同社はどう変わったのか――。山口氏が同社の成長に心血を注いだこの10年を本人のインタビューを交え追った。
1993年、積水化学工業に入社。8年ほど機能材(合成木材FFU)の営業に奔走する傍ら、若くして労働組合の本社支部長(支部構成員:1200名)を務める。この時に労使の交渉相手である本社人事勤労部の目に留まり、31歳の時に全社の中枢である総合企画部に異動。人員削減や解雇を伴う経営合理化業務に携わることとなった。精神的にも辛い業務を担い、「業績が悪ければ事業売却やリストラを実施しなければならない。しかし労働組合幹部の経験から、従業員の気持ちを理解したことで、安易なリストラには強い拒否感を抱いていました」――。
「ヒト」「モノ」「カネ」といった三大経営資源の中で、優先すべき「ヒト」のあるべき姿を深く創造するようになり、これらの経験を原点に経営哲学やポリシーが形作られていった。
山口 上場企業は、単年度売上や営業利益をどう伸ばして株主に評価されるかというスタイルをとりがちです。全てのステークホルダーを大事にすると言いながら、実際には株主が最優先です。次にお客さま、その次に従業員、そしてCSRへと続きます。しかし、私の考えは違います。お客さま第一なのは当然ですが、その価値を届けるのは従業員です。
つまり、従業員とお客さまの二つの満足度を上げていけば、業績は必ず伸びるはずです。業績が伸びれば、株主は評価するでしょう。こういった自分の経営哲学を実践するには、自分が経営者になるしかないと考えるようになりました。
実現場で磨かれた経営哲学を実践できる企業が現れることとなる。東亜グラウト工業の創業者・大岡伸𠮷氏から経営者として打診を受けるのである。
山口 最初は大岡伸𠮷さんから「副社長をやってくれ」と言われたのです。いきなり社長は大変だろうからと。ただ、この提案はお断りしました。社長でなければ、自分の経営哲学が実践できないからです。今から思うとよく言ったものです。それに加え、「私はお客さま、従業員重視を徹底する(決して株主(大岡家)の方を向かないというわけではなく)」「腰を据えて10年ほどは務めさせてほしい」と条件をお伝えしました。
私に求められるミッションは東亜グラウト工業グループを良くすることです。転職したのはいいけれど、当時まだ46歳でしたから腰を据えて、お客さまと従業員の満足度を上げていくことに注力させていただきたいとお伝えしました。大岡伸𠮷さんは快く了承してくれました。
創業者・大岡伸𠮷氏はなぜ山口氏に白羽の矢を立てたのであろうか。
山口 ‶若いからある程度長期で経営を任せることができる〟ということが大きかったと思います。また大岡伸𠮷さんは、夢を追いかけるように会社運営してきた経営者でした。彼の言葉をそのまま言うと、「これまで個人商店、いわゆる我流で会社を経営してきた。しかし私のやり方は、100人規模の会社が限界だ」と。
だから、大手企業で組織マネジメントを経験している山口だったら‶個人商店から脱皮し、会社らしい会社〟にしてくれると期待したのだろうと思います。従業員に私を紹介する時も「若いけれど大手企業でマネジメントに携わってきた人間だ」と話されました。再現性のある会社組織をつくってほしいと願っていたのだと思います。再現性というのは、誰が社長になっても回る組織のことです。未来永劫持続を可能とする会社組織を求めていたのだと思います。
創業者の期待を一身に受け、再現性ある組織づくりを目指し、2017年3月に東亜グラウト工業へ転職。大岡伸𠮷氏は、さほど重要視されていなかった下水道管路施設の維持管理にいち早く着目し、今となってはなくてはならない維持管理業界の発展に尽力したパイオニアの一人だ。この業界発展の先鞭をつけたカリスマから経営をバトンタッチすることは非常に高いハードルであったはずだが、山口氏は慌てることなく冷静に先を読み、着実に行動に移していった。
まず取り組んだのは、社員との対話。3月に入社した山口氏は社員への最初のあいさつで、「100日待ってほしい。100日後に経営方針を示します」と宣言。「お客さま満足度の向上」と「従業員満足度の向上」の2軸に、継続的に増収増益となる体質を構築していく経営哲学を披露し、社長の任務として「ビジョンをつくる」「意思決定」「人材育成」、この三つに集中して取り組むと説明した上で、具体的な経営方針は対話の中から描いていく戦術をとった。
全ての現場を視察し、全従業員200人と20分ずつ対話。事前に事業ポートフォリオを読み込んだ上で、歴史・文化・慣習・強み・弱み・提案などさまざまな角度で社員が抱いていた東亜グラウト工業のあり様を聞き取りし、内在する問題点など会社の実情を把握。これらは実にノート6冊分に上り、貴重な資源となった。
山口 社員との対話により問題点はすぐに明確になりました。カリスマ経営者がけん引した会社は、指示待ち体質が強いと言われますが、当社もそうでした。そして、しっかりした営業活動ができていない、適切な投資が行われていない――。この3点が大きかった。技術はたくさん有しているのに生かしきれていない。待ちの営業から攻めに転じるだけでも潜在顧客の掘り起こしは十分できる。また、チャレンジすれば面白そうなテーマが数多く潜在しており、これらに投資すれば、1~2年である程度までは成長するだろうと分析しました。
こうして最初の100日間は、会社そのものと従業員の理解に注力。社員の声が詰まったノート6冊にも上る経営資源は100日後に、新生東亜グラウト工業の経営方針として打ち出され、具体的な事業計画、売上・利益目標が提示された。
では、なぜ100日であったのか。
山口 株主総会に照準を合わせていました。3月入社からちょうど100日目が株主総会の開催日でした。金融機関や積水化学工業など当社株主に対して新社長としての経営方針をしっかりと説明させていただく絶好の機会と捉えており、そのための準備期間が100日だったというわけです。株主説明の前に従業員に方針を伝え、株主にも同じ内容を説明する。それが新生東亜グラウト工業の本格始動を描いた100日構想たる所以です。
そして、いよいよ本格始動に入る。
経営方針の中で「パーパス経営」「働き方改革」の二つの柱を掲げた。パーパスとは会社の存在意義(志)を明確に定義すること。「これまでは大岡伸𠮷というカリスマ経営者に依存していれば良かった。しかし今後はそうはいかない。自分たちで主体的に会社を動かしていかなければならない」再現性ある企業へと成長していくためには、自分たちで考えたパーパスを作ることが出発点になると考えた。この‶動かない方向性〟を基に事業戦略、人材戦略、サービスの方向性といった将来ありたい姿へとつなげていく戦術をとる。
社長自ら座長となり、将来を担う30~40代の社員を中心に策定作業に入った。そして、目指す姿として描き出されたのは地域創生・地域再生を推進する『まちのお医者さん』。その土台を構築するべく第一ステップとして『インフラメンテナンス綜合ソリューション企業の確立』を目指していくという‶動かない方向性〟を構築した。
そしてもう一本の柱である100日対話で整理されたノート6冊分の従業員の声を基にした「働き方改革」。このヒアリングノートには90項目ほどの改善点が整理されている。長時間労働の是正のほか、人事評価制度の公平性確保、福利厚生や退職金・給与制度、職場環境の改善など、山口氏自らが先頭に立ち徹底的に取り組んだ。
山口 働き方改革は常にバージョンアップしています。これは三井住友銀行や日本総研から評価され、8年連続で「グロース企業」に認定されています。複数年連続受賞は三井住友銀行の取引先の中でも100社程度。その中に当社も入っているのです。それだけ改善が進んでおり、当初ヒアリングノートにあった90項目の改善点のうち、10年経って80項目ほどは解決しました。しかし、新たな課題も出てきています。働き方改革に終わりはないと思っています。
最初に手を付けたのは、給与制度改革。60歳になると給与が大きく減額され、急速にモチベーションが減退する傾向にあった。また、一般社員からは「残業が付かなくなると、生活が成り立たない」という声も多かったことから、給与制度を根本から見直し、制度設計の大改訂を行った。
一方で、残業が付かなくなる管理職は残業が付く一般社員より給与が低くなるという逆転現象の是正にも着手。役職の責任と報酬が適切に対応するように整えた。さらに利益に対する配分の考え方を改善した。売上増分による利益増は会社に蓄積するが、従業員の努力によって生産性が向上した分の利益は従業員に還元するようにしたのである。結果従業員の平均年収を100万円以上引き上げることに成功した。
一方、社員との対話で、受動的な企業体質であることを見抜いた山口氏は、能動的体質への転換に向けて、まず幹部にPDCAサイクルの導入を徹底的に指導することから始めた。
これまで幹部会とは名ばかりで、売上と利益の進捗を数字で確認するにとどまり、施策や現場が計画通り進捗しているかなどは現場任せとなっていた。
そこで積水化学工業時代に活用していたPDCAの仕組みを導入。毎月の売上・粗利、物件ストックの積み上げ状況、エリア別・工法別の販売状況、年間目標に対する進捗分析と見通し、重点施策に対してどんな対策を講じたのかなど成果と課題、次月の行動計画をまとめた資料等を全ての部門トップとグループ長、事業部長、関係会社の社長に至るまでグループ幹部全員に毎月作成するよう指示した。
とはいえ、これまで経験したことのないタスクであることから、山口氏自らフォーマットを作成。使い方や入力方法を指導し、各セクションの活動の‶見える化〟を図り、自分で考えなければいけない仕組みに変えていった。
山口 もちろん最初は大変でした。幹部も皆、取り組んだことがない作業なので、最初は相当苦労していました。Excelもパワーポイントもあまり使ったことがないという実情でしたから。資料作成が一気に増えて反発する人が多くいたのも事実です。でも、「騙されたと思って作ってみなさい」と諭したのです。少しずつ慣れ、フォーマットが固まってくると、それほど手間ではなくなり、活動が見える化されることのメリットを理解できるようになってきたのです。そうなれば彼らが部下へ指導することも楽になりました。
こういった好循環が生まれれば、部門ごとにしっかりとした年度計画や年度方針が固められます。年度方針で掲げた数字目標や重点施策の進捗状況を毎月管理し、課題を明確にします。必要あれば施策の修正を行う。いわゆるPDCAサイクルを回していくわけです。意思決定ルートが短い中小企業は小回りが利きます。われわれ中小企業が大手企業と戦って勝つためには「PDCAの高速回転」を一番の武器にすべきです。
次に投資にかじを切る。これまで純資産が少しでも減ったり、利益が落ちたりすると過度に反応してしまう傾向にあり、結果として投資抑制につながっていた。
山口 お金が減ることを怖がって投資せず、剰余金ばかり積み上げているような状態でした。中小企業にはよくある話です。人の採用も、給与も上げない。「業績が良い会社なのにもったいない。もっと成長できるのに」というのが最初の印象でした。「チャレンジする」「チャレンジできる」文化に転換する必要があると思いました。
そこで「必要な投資はタイミング(スピード)を大事に、多少リスクを負ってでも将来のために実施すべき」と考え、三大経営資源の中の「ヒト」「モノ」に対して積極的に投資していくこととしました。代表的な例を挙げると、光硬化工法における更生材を製造する機械への投資や斜面防災事業の国内実験場設立等です。光硬化工法は、10年前は70kmほどでしたが、今や年間140kmと飛躍的に量が増えています。もう少し早く投資していれば、150~200kmも夢では無かったかもしれません。
これら企業体質、労働環境そのものを改善したことによって利益構造が大きく改善。社長就任以前の営業利益はグループ全体の連結で10億円程度であったが、2025年度決算で24億円程度まで向上。実にこの10年で14億円もの成長(約2.4倍)に導いた。
中でも大きく利益伸長をけん引したのが管路事業。光硬化工法の更生材製造増強への投資やM&A、能動的営業体質への転換によって飛躍的に向上。トキワ設備、TMS工業、エスジージー下水道センターなどグループ各社の収益構造も安定してきた。分野的には新規に参入した水道分野の飛躍は目覚ましく、まだ収益性は下水分野に比べると乏しいものの、人工衛星を使った漏水調査「アステラ」やAIを活用して管路更新計画を策定する「アセットアドバンス」等、海外から導入した独自技術が多くの自治体に採用され、高評価を得ており、今後の管路事業のさらなる飛躍を担っていきそうだ。今や水道分野はグループ全体で30億円程の売上まで拡大しており、「下水」の東亜から「上下水」の東亜へ進化している。
山口氏は、パーパス策定や働き方改革の次なる取組みとして、従業員教育の徹底と事業領域の拡大を進めた。中でも山口氏が前職時代に経験したM&Aと業務提携に積極的に取り組んだ。
山口 これまで当社は、創業者の直感的な発想・目利きによって光硬化工法やアイスピグ、リングネット工法といった海外技術を国内に導入する形で事業を展開してきました。いずれも技術の一本釣りであり、そういう意味では「点」で事業を展開してきたと言えます。
パーパスで掲げている「インフラメンテナンス綜合ソリューション企業」を目指すためには、お客さまが求めている個々の課題に、個別に最適なソリューションを提供していかないといけない。当社の事業戦略の方向性は大きく二つあると考えました。
一点目は事業領域の拡充。優れた技術を軸にビジネスを「点」で展開するのではなく、「面」で押さえていくという考え方です。私が入社した10年前、当社は地盤改良、斜面防災、下水道管路メンテナンスが主力3事業でした(今も主力ですが)。インフラメンテナンスを事業ドメインと考えると、道路や橋梁、上水等も当然ターゲットとなります。私は従来の3事業だけではなく、これらの分野にも事業展開を図っていこうと考えました。ただ東亜グラウト工業にはもちろん3事業以外の分野に知見やノウハウはありません。そこで活用したのがM&Aです。
それまで当社はM&Aの経験はほとんどなかったのですが、私自身が前職で複数のM&A実務に携わった経験がありましたので、そのメリット・デメリットはよく把握していました。現在当社は15社の集合体ですが、その多くはM&Aで業務提携(資本出資)した会社です。現在は主力3事業に橋梁メンテナンス(コンクリート構造物)、水道事業が加わり、五つの事業分野で事業展開しています。
二点目は、当社の特長であるTMS(トータル・メディカル・システム)の構築です。お客さまに最適なソリューションを提供するためには、維持管理~調査~診断~材料選定~施工までのバリューチェーン全体をとらえ、全体最適なソリューション提案が望まれます。こちらは「国内外の優れた技術を目利きし、当社が独占的権利を得て、事業展開を行う」という創業以来の当社のDNA(強み)を、私の代でも積極的に行いました。
人工衛星を活用し漏水箇所をキャッチする「アステラ」、AIで管路更新計画を策定する「アセットアドバンス」、同じくAIで管網解析を行う「オプティマイザー」等、調査・診断技術の獲得に最近は一番注力しています。コストと品質を両立するバリューチェーンの最適提案のためには、調査・診断で適切な処方箋を出すという部分が必要不可欠だと認識しています。
事業領域を広げるためのM&Aと業務提携の2本柱は、パーパス策定時に描いていた戦術であったが、就任前には売上高100億円・営業利益10億円であった企業を13年後の2030年には売上高300億円・営業利益30億円を目標とする経営計画を策定。当初、疑心暗鬼であった社員も、M&Aと業務提携を積極的に進めた結果、わずか3年後の2019年度には中間目標として掲げた売上高150億円超を達成。従業員の心理的安全性の担保とチームの結束力が高まり、2030年度の目標まで視界良好となってきた。
有効な戦術となったM&Aを進める際、どういった点にこだわったのであろうか。
山口 業績の悪い会社はターゲットにしません。そういう会社は安く買えるかもしれませんが、リストラクチャリングから始めないといけなくなります。買われた側の会社の従業員のモチベーションが下がりますよね。ですので、業績がいい会社を適正価格で買うというのを基本としました。また技術力があり、人材がしっかりしている会社(多くの資格保有者がいる・社長以外のキーマンとなる幹部がいる)をターゲットとする。これを徹底しました。
当初は帝国データバンクの評点で60点以上の会社をターゲットとしていたのですが、なかなか難しいですね。今は55点以上を目安としています。われわれのお仲間になっていただいた会社はほとんどが、帝国データバンクの評点が60前後です。そういう会社だから新体制になっても、もともとがしっかりしているので、リストラクチャリングではなく、攻めの改革をすぐに始められる。
M&Aを検討する際、私が大事にしていることはもう一つあります。それは当社パーパスの説明を売り手の経営者にしっかりと伝え、考え方や方向性が合っているかを確認することです。意向表明書を出す前に、いわば‶お見合い〟のように、経営者同士が互いの方針を語り合い、意見が合うか、シナジーのイメージが湧くかを、議論します。「これなら一緒にできそうだ」という角度が掴めて、初めて手を挙げる。また初めての顔合わせは必ず私自身が行うということを肝に銘じてきました。会社を売却する側から見れば、規模はどうあれ社長が対応しますので、買い手側も社長が出向くことが誠意ある行動だと思っています。
これまで上場企業と競合したことも何度かありますが、当社の提示額の方が安いのに負けたことは一度もありません。上場企業は、カタログ程度の資料で経営企画部長クラスが「一緒にやればこんな良いことがありますよ」と説明することが多いです。当社はパーパスから経営ビジョンまで社長である私が直接説明します。一緒になった後のシナジー計画まで作成し、相手側の立場に立った資料を持っていきます。基本ここまですれば入札で負けることはないと思います。
私たちはファンドではありません。買収後、その会社と添い遂げるイメージで向き合わなければ失礼です。これまで積み上げてきた歴史に敬意を払い、従業員も家族も幸せにする。リストラは原則行わない。そういう姿勢をきちんと伝えると、相手も安心してくれます。買収後の経営体制・事業戦略・シナジー戦略もあらかじめお互いが納得できる形を、交渉時点から一緒に模索することも重要です。結婚も同じですよね。
M&A後はグループ企業として働き方改革を目に見える形で進めた。従業員ファーストの姿勢を示すとともに、前述したPDCAの徹底管理を推進し、自立運用を可能とする仕組みづくりに注力する。
さらに、山口氏は執務時間の3割を人材育成に費やすと決め、自ら講師となり、パーパス浸透やキャリア自律、営業、経理、リーダー向けなど多様な研修を積極的に実施。従業員との直接対話を重視してきたことからパーパス浸透度は8~9割にまで達し、結束力は高まった。
対話重視の中で何を伝えたかったのであろうか。
山口 一番伝えたかったのは「仕事人間になるな」ということです。第一に仕事もプライベートも大事にすること。タイムマネジメント研修もしますが、仕事ができる人ほど時間の使い方がうまいし、家庭がうまくいっています。
もう一点はキャリア自律です。これからの時代は自分自身で主体的にキャリア形成を行っていかねばならない。人生100年時代です。70歳から80歳まで働くことが普通の時代、従来のように終身雇用が前提で、会社に依存したキャリア形成では、会社にもしものことがあった場合、そこでキャリアは途絶えてしまいます。
私は全員に何らかのプロ人財になってもらいたい。AIやDXで働き方はこれから、どんどん変わっていきます。自らキャリアの目標を定め、努力を惜しまず挑戦し続ける人は、いつまでも世の中で必要とされる。当社の従業員にはぜひそのような人財になってほしいと思っています。
特に社員の人生キャリアを尊重しており、転職にも寛容な姿勢を示す。
山口 人にはそれぞれの人生があります。ですから、当社に入社して来られる方もいれば、退職していく方もいます。ただ、東亜グラウト工業で素晴らしい人生を送りたいと思ってくれる社員が多くいればうれしい限りですし、そういった会社になっていかなければいけません。実際、社員数は増加しています。
私は、東亜グラウト工業で身に付いたスキルや知識を生かして「こういう仕事がしたいから辞めたい」というのであれば、頑張ってくださいと送り出すスタンスです。同じ業界に転職しても、これから一緒にビジネスを創造する可能性があるわけですから抵抗はありません。業界全体の持続を考えれば、「この会社は敵だ」という考えではなく、「ライバル会社だからこそ協創できる」と考えています。
山口体制の10年で着実に進化の道を歩んできた東亜グラウト工業。新たな進化への継承として2026年6月、創業家の大岡太郎氏にバトンタッチした。山口氏は新天地で新たな企業再生に挑むため、9月には東亜グラウト工業を去る。この10年を振り返って東亜グラウト工業はどう変わったのか。
山口 発展途上ではありますが、‶再現性のある組織〟になってきました。大岡伸𠮷さんに頼まれた「個人商店からの脱皮」は果たすことができたと思っています。
ただ、もっとチャレンジしてほしい。もっと考えてほしい。自分たちで考えて、自分たちで動こうとする姿勢が出てきた一方、まだ指示待ちから、完全脱却できていないという印象です。
例えば、光硬化工法事業は大岡伸吉さんが海外から技術導入して国内仕様に仕立ててくれたから今がありますし、私が進めたM&Aで事業領域は広がりました。しかしながら次の成長のネタについては、正直玉不足の感があります。そんな状況の中、私が一番期待している成長事業は水道事業です。衛星漏水検知のアステラやAI管路更新計画支援ソフト企業であるオプティマティクス社と技術提携し、面白い展開を生み出しています。
あと期待するのはグループ間、グループ会社間のシナジーですね。当社は今15社の集合体。各社の保有する技術、ノウハウ、人材を生かせば発展の方向性は多岐に検討できます。とにかく聖域を設けず、いろいろチャレンジしてほしい。私は当社社員の潜在能力は高いと思っています。失敗を恐れずチャレンジしてほしいと願っています。
山口氏にとって社長業とは。
山口 社長業というのは、人をつくることだと思っています。戦える社会人を育てていくこと。経営とは人づくりだと感じています。大岡伸𠮷さんも同じことを語っていました。
従業員のレベルが高くて、一生懸命に、そして楽しく仕事をしている会社で、業績が悪い会社はありません。そういう人たちだからこそ、お客さまにも真摯に向き合える。お客さまに評価されることで、会社は自然と良い循環に入っていく。だから、人材育成はトップがきちんと旗を振らないといけないと思っています。
長時間にわたり、この10年間を振り返ってもらった。最後に成長した東亜グラウト工業の皆さんへメッセージを。
山口 建設・土木業界は、非常に恵まれた業界です。特にわれわれの主戦場であるインフラメンテナンス、防災分野は、安全安心な生活を送っていくために、必要不可欠であり、業界そのものが無くなることは決してありません。ただAIやDXの進展で、働き方は大きく変わります。この動きに乗り遅れる、もしくはついていけない企業・人は淘汰される可能性があります。
だからこそ、全員がAIやDXを活用できるようになれば安泰だと話しています。変化の激しい時代ですが、東亜グラウト工業にとっては希望の時代でもあると自信を持って言えます。
先ほどキャリア自律の話をしましたが、人生は長い。建設業に従事する中でも自分のキャリアをしっかり考えてほしい。東亜グラウト工業はそれを応援します。全員がプロフェッショナル人材となり、東亜グラウト工業の社員は皆さんすごいねとお客さまに感動していただけるようなレベルを、ぜひ目指してほしいと思います。皆さんの未来は明るいです。
創業者・大岡伸𠮷氏の要請で東亜グラウト工業の社長を務めた山口乃理夫氏。既存企業文化の変革と進化にまい進した10年。社員の成長に対して労と投資を惜しまず、何よりも社員の幸福と成長、顧客満足度向上へのプロセスを歩み、株主の満足につなげていく企業経営の本質を地で行っていた。
さらに地域社会とそれを支える上下水道業界の持続まで視野に入れ、東亜グラウト工業のみで通用する人材ではなく、業界全体、社会全体に貢献するプロフェッショナルの育成に注力。ようやくマネジメントスキルが身に付いてきた社員が増えてきたと謙遜するが、10年前と比較して企業体質は明らかに進化を遂げている。
上下水道事業は地域社会の動静脈インフラだ。若手社員が将来に向けて練り上げたパーパス。この不変の志で地域創生・地域再生を推進する「まちのお医者さん」として、新たな体制の下、さらなる進化に期待したい。