2024年5月にシンガポールのオー・ライナー・テクノロジー社(OLT社)の経営権を取得した東亜グラウト工業。グループ初の海外事業の立ち上げでもあり、新たな成長戦略が動き始めた。
この海外事業の立ち上げの背景、狙い、将来展望について、東亜グラウト工業の管路部門で海外事業の責任者を務め、OLT社のCEOも務める南洞誠氏に話を聞いた。
グループ初の海外事業立ち上げ
新たな成長戦略がスタート
東亜グラウト工業執行役員管路グループ企画部長
O LINER TECHNOLOGY PTE LTD CEO
南洞 誠氏に聞く
2024年5月にシンガポールのオー・ライナー・テクノロジー社(OLT社)の経営権を取得した東亜グラウト工業。グループ初の海外事業の立ち上げでもあり、新たな成長戦略が動き始めた。
この海外事業の立ち上げの背景、狙い、将来展望について、東亜グラウト工業の管路部門で海外事業の責任者を務め、OLT社のCEOも務める南洞誠氏に話を聞いた。
東南アジアに位置し、シンガポール島を中心に島しょ部を国土とする都市国家、シンガポール。東京23区ほどの面積に564万人が生活を営み、中華系を中心とする多民族社会を形成。2000年代から急速に経済を発展させ、1人当たりGDPでは日本やアメリカを上回る5位(2023年)と、世界を代表する経済国家の地位を確立。2024年には年間外国人訪問者数が前年比21%増の1650万人、観光収入は過去最多を記録するなど観光業においても成功を収めている。
東亜グラウト工業の海外事業の責任者を務め、OLT社のCEOも務める南洞誠氏は同国の実態について「政治的に安定し、自然災害もほとんど起こらず安全。中華圏の一部として政治・経済が洗練されている印象もある。資源に乏しいからこそ、国の行く末について10年、20年、30年先までを見据えたマスタープランを立てる堅実さと、世界の潮流を機敏に読み解き、舵取りを修正するといった柔軟性に富んだユニークな国柄」「日本を含むさまざまな国から技術や知識を導入し、それを自国の発展に生かしてきた。特に、経済発展の初期段階では、日本をはじめとする先進国の技術を積極的に取り入れ、それを基盤として独自の発展を遂げた。為替や物価も急速に上がり、今や先進国の仲間入りを果たしている姿にたくましさを感じる」と見ているようだ。
そんなシンガポールだが、都市国家であるがゆえに国土と資源は日本以上にシビアな問題だ。とりわけ『水』資源の確保には長年頭を悩ませており、貯水池、海水淡水化、隣国マレーシアからの輸入水、そして下水再生水(NEWater)のいわゆる『4つの蛇口』により国内水需要を支えている。
特に下水再生水については水確保の内製化政策の重要な一端を占めており、国内水需要の4割を賄うことが可能となっている。この貴重な水源である再生水も、各家庭や事業所と下水処理場の間を繋ぐ下水道管路が老朽化や破損により送水能力が損なわれると造水能力の低下が引き起こされるため、シンガポールでは下水道管路の更生事業が90年代の比較的早い段階から緻密な計画の下で進められ、この20年で2300kmもの下水道管路が更生されている。世界で見てもオーストラリア、ドイツ、日本と並び立つ管路更生先進国に数えられる。
シンガポール国内で下水道管路更生事業のトップシェアを誇る会社が、東亜グラウト工業が業務提携を結んだOLT社となる。
※下水道管路の更生…老朽化した下水道管路を非開削にて内面からリニューアルする技術や手法。OLT社は熱硬化や光硬化といわれる更生工法を得意としている。
東亜グラウト工業では国内で地盤改良・斜面防災・管路メンテナンスの3本柱体制で急速に事業を展開してきた。そこに橋梁メンテナンスや水道事業も新たな柱として加え、国内については盤石な体制を敷く一方、将来への布石として10年以上にわたり水面下で進めていたのが海外展開だった。
同社の山口乃理夫社長が就任以来掲げる長期ビジョンにおいても2025年時点の中間目標で『海外展開』が打ち出されており、今回のOLT社の経営権取得がいわば橋頭堡となる。
OLT社は、創業以来「アジアで卓越したワンストップの非開削技術企業になる」を目標として掲げ、多様な管路更生技術を武器に、多くの管路更生工事を積み上げてきたほか、管調査、管洗浄から、管更生工事までバリューチェーン全般を自社で完結できる点に強みを持つ。東亜グラウト工業、OLT社双方の下水道管路ビジネスモデルにおいて類似点が多く、シナジーが期待できることからグループ企業への統合案が具体化。昨年5月に経営権を取得するに至った。
南洞氏に経営権取得の話が挙がった際の印象を聞くと、「(個人的に)当初は今回のOLT社の買収を懐疑的に見た時期もあった。同社の資産・財務や経営状況を徹底して洗い出してみたが、調べれば調べるほど否定する材料は無くなり、健全に事業を行ってきた会社ということで異論は全くなかった」と回顧する。
東亜グラウト工業には中堅層社員を積極的に業務提携先の企業に送り込むといったチャレンジを奨励する企業文化がある。南洞氏が同社の経営者(CEO)として海外責任者に抜擢された背景としては、この企業文化に加えて、南洞氏自身が20代の頃から計3回にわたりシンガポールで長期赴任を経験するなど社会人生活の大半を海外で過ごし同国の事情に明るい点も決め手となったようだ。「まさか今の会社(東亜グラウト工業)でもシンガポールに関わる機会が得られるとは」と苦笑いする。
実際に、海外の企業とビジネスをしていくことは一筋縄ではいかないようだ。新たな発見、気付きの機会も得られる分、日本と現地の就業観や法規則の差異、何よりも言語の壁などがつきまとう。その総合調整役として、日本とシンガポールの橋渡しとして南洞氏への期待は大きい。
時にはヘルメットを被り工事現場の代理人を担ったり、またある時には社員寮の管理業務に従事したりと、文字通り会社と社員の面倒を見る生活もすでに1年が過ぎた。月の大半をシンガポールで過ごし、日本に出張して本社での業務をこなすリズムも段々と慣れてきたようだ。
OLT社の社員75人のうち60人ほどはワークパーミット(労働許可証)を得て従事する外国人労働者で、20年以上働き続ける人がいたり、短期のうちに職を転々とする人がいたりと人員構成は流動的だといい、日本とは異なる就業観や慣習・リズムが根付いている。
「これまで日本企業との取引もなかったので日本語が通じるスタッフは当然いない。稼ぐ力はあるが、日本企業の経営スタイルとは管理基準が大きく異なっていた。シンガポールの企業文化に照らし合わせれば普通のことでも、東亜グラウト工業のグループ会社に名を連ねる以上、日本流の経営の良い部分を取り入れながら人事育成、現場管理、安全衛生の各プログラムを浸透・定着させ、人材を育て上げることが大事なミッション」と強調する。仕事のリズムが変わることに少なからず抵抗感を感じるスタッフも当然居るようだが、南洞氏の熱意が伝わったのか一所懸命取り組み始めてくれているという。「OLT社に長く勤めるスタッフは実に優秀で、管路更生に関わるさまざまな技能を習得しており、安全かつ効率的に業務をこなす能力があり、施工技術力の高さがこの会社を支えている」と述べた。
またシンガポールの建設産業に関しては、「安全に関する法令や規定が日本と同等以上に厳しく、新技術の導入に積極的で、設計や施工時の取組を数値(スコア)化し定量的な評価を実施するなど政府主導で生産性向上に取り組んでいる」と述べた。
東亜グラウト工業の70年弱に及ぶ歴史において、前例のなかった今回の海外拠点の設置。これには、大きく二つの目標がある。
一つ目がシンガポール国内での業容拡大、メンテナンス事業基盤の確立だ。OLT社の事業のうち、実に97%をシンガポール公営事業庁(PUB)発注案件が占めている。90年代に始まった下水道管路の更生事業が継続して進められていることからも当面の間、OLT社にはPUB案件に注力してもらう考えのようだ。
ただ、OLT社の経営権取得の当初から同国内で他の土木分野への進出といった新たな成長戦略についても思案してきた。特に近年同国で地下鉄整備が急速に進んでいることに注視しており、それに伴い地下構造物メンテナンス需要が高まると見ている。同社が日本国内で培ったノウハウが大いに生かされると期待を寄せている。
二つ目が海外展開の加速だ。シンガポールで一定の成果を得られた後には周辺の東南アジア諸国での水平展開のほか、台湾、香港、オーストラリア、ニュージーランドといった下水道管路更生の先進国・地域での展開も見据える。その際には、日本で培った技術としてFRP内面補強工法やマグマロック工法といった修繕・耐震化技術の輸出も視野に捉える。
海外展開においては、「日本国内でアライアンスを組成している企業が保有する製品・技術についても仲介し営業展開することも」と商社的な立ち回りも考えているようだ。現地化に当たっては「同じ東南アジア圏での水平展開といっても、各国で国民性や商習慣、そして就業観までまちまち。『アジア』と一括りにするのではなく、それぞれの国・地域にあった最適なビジネスモデルを再構築し、現地化を目指していく」と抱負を語る。
今回の海外展開がもたらす企業価値とは何か。あらためて南洞氏に伺うと「管路グループのトップである大岡太郎専務の考えとして、『確かに今の時代は業績を見ても何も問題はないのかもしれない。ただ、次の世代となると果たしてどうか。先を見据えた時に、海外にも拠点を設ける必要がある』というメッセージを社内に向けて発信していた。その旗印として、今回のM&Aは大きな一歩」と力を込める。
人口減少社会や施設老朽化の波が到来し、どのインフラ分野においても施設の統廃合や広域化が進んでいく日本国内では、従来の社会システムや慣習からの脱却、再構築という側面で民間企業の貢献領域が広がっている。
一方で、広く世界を見渡せば人口増減のトレンドはむしろ増加曲線を描いており、東南アジア圏の新興国を中心にこれからインフラ整備が進む国・地域は数多く存在する。企業として、これからの10年、20年、30年先を見据えた成長戦略を考えた時に、日本国内に軸足は持ち続けることはもちろん、海外でも貢献領域を広げることが大事なピースとなる。
南洞氏は「成長、進化する企業には人が集まる。新たな事にチャレンジし活気のある姿に共鳴する方、海外でも自分の可能性を試したい方、次の世代を担ってくれる学生たちに魅力として映る会社になることこそが、真に社会に必要とされ続ける会社に求められる資質の一つだと思う。東亜グラウト工業が海外事業を立ち上げる意味の本質はそこに詰まっている」と見つめる。
企業の成長戦略とは、会社のこれからを担う人材の確保・育成策に他ならない。人材の育成・確保には企業としての明確なビジョンが必要だ。10年、20年先の明確な企業像があるからこそ、将来性やビジョンに賛同する人が集まり、活気が生まれ、新たな挑戦へと向かう意思が育まれる。東亜グラウト工業に取材で訪れるたびに、業界内の他業種や異分野で活躍してきた人材が本当に数多く活躍している印象を受ける。極めてローカル性が高く内需ビジネスの色が強い下水道、特に管路の仕事について、海外展開という新たな可能性が示された今、人材確保の呼び水となることが期待される。
東亜グラウト工業株式会社は1958年(昭和33年)に設立されました。創立当初は、独自のグラウト工法で「地盤改良分野」を中心に国土建設の一翼を担いました。
その後、社会資本整備の変遷に呼応する形で、時代のニーズに適応する技術を磨き上げ、また時には獲得することで業容拡大を図り、現在では「地盤改良事業」「斜面防災事業」「管路事業」の3つの柱を築くに至っています。
「安心・安全な国民生活の実現」に向け、これから我々が直面する課題は大きく二つあると考えます。
一つは平成25年に施行された国土強靭化基本法に示される防災・減災の街づくり、一つは高度経済成長期に集中整備されたインフラの老朽化対策です。特にインフラメンテナンスは限られた予算の中で、どう効率的かつ効果的に行っていくかが重要です。
当社はこれらの課題に対し、新技術、新工法での貢献を目指すとともに、官民連携の新しいビジネス創出にもチャレンジしていきたいと思います。当社の今後にどうぞご期待ください。
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