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仁淀ブルーが育む和紙作り

その一滴の価値は 連載企画「一水四見」

 水の役割や重要性は地域ごとに形を変え、異なる表情を見せる。地域によって四季折々の風景が異なる日本の国土のように、気候や地形、水源の豊かさなど、地域特性がそのまま水利用のあり方を形づくり、それが文化や産業の発展にも深く関わってきた。特に日本各地で育まれてきた伝統文化の中には、良質な水なくしては成り立たなかったものも数多く存在する。

 人々の暮らしを支える資源である「水」。飲用水としてはもちろんのこと、農業や産業の基盤としても欠かせないものだ。恵みを生む一方で、豪雨や洪水など時に災いをもたらす存在として畏怖の対象ともなる。

 水が地域の中でどのように利用され、どのように産業を支えてきたのか。これを探るため、新たな試みとして、地域における水利用の現場を知る連載「一水四見」を企画した。

 今回訪れたのは、「仁淀ブルー」で有名な高知県いの町。古くから土佐和紙の産地として知られ、町の文化や産業は「水」と切っても切れない関係にある。香川県にルーツを持つ総合水インフラ企業・フソウのエンジニアリング本部技術計画部長の日下孝二さんとともに、和紙作りという伝統文化を通して水との関わりを見つめ直し、地域社会における水の価値とその可能性を探った。

 【取材協力:いの町紙の博物館


水と和紙作りのまち

奇跡の清流・仁淀川。青く見える透明かつ清らかな流れで「仁淀ブルー」と呼ばれている

 フソウは1946年に香川県丸亀市で創業。地域産業であった塩田事業の資機材調達、建設から活躍の領域を拡大し、上下水道施設を主とする水インフラの設計・調達・施工と管理・保守を請け負う建設事業および建築設備事業、資機材の調達・流通・販売から管路の設計・施工一括発注方式を手掛ける商社事業、鋼板製異形管の製造および技術開発を進める製造事業、グローバル展開を推進する海外事業など、各事業の専門性とデジタル技術を融合させ、地域社会の課題解決に取り組んでいる。

 清流仁淀川の流れるまち・高知県いの町。県の中央部に位置し、東南部は高知市と接する人口約2万人のベッドタウン。平安時代から続く土佐和紙の産地で、町中には今でも製紙工場が点在する、まさに水と和紙作りのまちだ。

 土佐和紙は、約1000年以上前から製造されていたと考えられ、「土佐日記」で有名な平安時代の歌人・紀貫之が土佐の国司として入国し、紙作りを強く勧めたとも言われている。安土桃山時代には、土佐七色紙※1が創製され、幕府への献上品として藩の保護を受けたことから、広くその名が知られるようになったという。

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  • いの町紙の博物館
  • 展示室第1室
  • 展示室第2室

 その後、明治時代には土佐和紙の発展に欠かせない先駆者である吉井源太が典具帖紙(てんぐじょうし)※2などを考案するとともに、製紙に用いる用具の改良に力を注ぎ、土佐のみならず全国の紙業発展の基礎を築いた。彼は多くの用具を発明したが、特許を取らず、自分の技術を惜しみなく教えたという。

 こうした背景を持つ伝統的工芸品・土佐和紙の振興を図るため、1985年に開館した「いの町紙の博物館」。和紙作りの歴史と文化、原料・用具などを展示するほか、紙漉き体験コーナーなどを設け、国内外の来訪者に土佐和紙の歴史を伝える重要な拠点となっている。

 ※1 土佐七色紙:7色に染められた土佐和紙

 ※2 典具帖紙:良質の楮から作る透明かつ粘り強さを兼ね備えた伝統的な和紙


1000年の歴史感じて

  • 土佐和紙を中心とした和紙作りの歴史を学ぶ
  • 土佐和紙で作られた藩札
  • 世界一薄いとも言われる手漉き和紙・土佐典具帖紙の感触を確かめる
  • 北岡さんから和紙の原料について説明を受ける
  • 紙漉きの各工程で使用する用具が展示されている
  • 漉き上がった土佐和紙を重ねてできた紙床(しと)。脱水すると1枚1枚がきれいに剥がすことができる
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  • 土佐和紙を中心とした和紙作りの歴史を学ぶ
  • 土佐和紙で作られた藩札
  • 世界一薄いとも言われる手漉き和紙・土佐典具帖紙の感触を確かめる
  • 北岡さんから和紙の原料について説明を受ける
  • 紙漉きの各工程で使用する用具が展示されている
  • 漉き上がった土佐和紙を重ねてできた紙床(しと)。脱水すると1枚1枚がきれいに剥がすことができる

 今回、同館を案内してくれたのは学芸員の田邊翔さん。田邊さんは2013年にいの町役場に入庁し、2019年より同館の学芸員として勤務。土佐和紙に関する企画展・イベントなどを担当している。

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  • 紙漉きを体験
  • 紙漉きを体験
  • 紙漉きを体験
  • 完成した葉書を並べ、笑顔を見せる日下さん

 まずは、田邊さんの案内で館内を巡り、土佐和紙の基礎を学ぶ。展示室の第1室では、土佐和紙がどのような歴史と変遷を辿り、今日まで発展してきたかを知ることで、土佐和紙の品質の良さや種類豊富さ、幅広い用途などについて理解を深めた。

 第2室では、技術員の北岡広文さんが説明を担当。楮(コウゾ)や雁皮(ガンピ)、三椏(ミツマタ)※3など和紙の原料となる植物の栽培から刈り入れ、加工の過程に加え、紙漉きに必要な用具などについての展示物を丁寧に解説してくれた。その後、北岡さんの指導の下、紙漉きを体験した。

 北岡さん曰く、「手漉きの場合、それほど大量の水は必要ないが、機械漉きの場合はきれいかつ大量の水が必要。いの町には仁淀川があり、きれいかつ大量の水があるので和紙作りが栄えたことは間違いない。手漉きに必要な原料と職人、さらには道具を作る職人が揃っているのは全国的にも珍しい。ただ、道具を作る職人が減っており、課題となっている」と同町の紙作り文化について教えてくれた。

 紙漉きを体験後、日下さんは「初めて紙を漉いたが、技術が伝承されて、1000年以上にわたって紙が作られてきた歴史を感じた。そして、紙漉きには想像以上に手間がかかること、繊細な技術が必要であることを実感した」「何より大量の水はもちろん、原料となる植物が育つ環境があるからこそこの地で紙の文化が育ってきたということがよくわかった。仁淀川という清流があってこそ成り立っている素晴らしい文化」と述べ、和紙作り文化の奥深さに感嘆した様子だった。

※3 楮・雁皮・三椏:和紙の代表的な原料として知られる。いずれも落葉灌木(秋に葉を落とす、人の背丈よりも低い木)で、これらの木の皮の繊維が和紙の原料となる。

身近にあるから気が付かない

日下さん

 フソウの日下さんは日頃、同社エンジニアリング部門で各事業体やコンサルタントに水質などに関する技術提案を行っている。お客さまのニーズに合う提案を行うこと、失敗を恐れないでチャレンジすること、そしてコミュニケーションを大切に仕事に向き合っているという。

 一方、北岡さんは実家が紙漉きの職人――。というわけではない。同館の技術員募集に応募して35年。「縁あってこの仕事の担当になったが、地元が誇る伝統工芸品に携われる仕事ができて良かった」とはにかむ一方、「土佐和紙は身近にありすぎて、携わるまであまり知らなかった」と話す。

 田邊さんは、同館で主に展覧会の企画を担当。「土佐和紙の歴史、紙のまちの歴史を知ってもらいたい。いの町の紙づくりの歴史を知ってもらえれば、まちに対する愛着や、土佐和紙への関心が出てくるのかなと。そういう思いで展覧会を企画している」と仕事への思いを教えてくれた。

 和紙作りと上下水道。一見、つながりのない両者だが「水」を介することで共通点も見えてくる。

 「最初に土佐和紙の作り方教えてもらった時、何もないところから形が出来上がっていくことに先ほど初めて紙漉きを体験された日下さんと同じように感動したことを思い出した。他の地域だと、水が硬くて紙が漉けないところもある。飲んでおいしい水は紙漉きにも適していると言われている。いの町の職人の多くは仁淀川の伏流水を井戸に引いて、紙漉きを行っているので、万が一仁淀川の水質が悪くなれば紙漉きができなくなる。水が変われば、紙の質も変わる」と北岡さんは言う。

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  • 田邊さん
  • 北岡さん

 一方、たびたび水不足が話題になる香川県出身の日下さん。「私の出身かつ当社の創業の地でもある香川県は、これまで幾度となく渇水が起こってきたため、水は非常に貴重なものとされている。隣県ながら香川には自己水源がほとんどないため、仁淀川を見ると羨ましく感じる。地域によって、水の『普通』のあり様が違うことがよくわかった」と地域ごとの違いにあらためて目を向ける。

 同館に配属される前は3年ほど役場で中山間地域の水道を担当していたという田邊さん。「水道は出るのが当たり前なので、いざ出なくなるとその影響は計り知れない。土佐和紙も奇跡的にその文化が続いているが、今は職人も20軒程度になり、これが当たり前ではないと日々思っている。多くの博物館は昔あったものを紹介する場合が多いが、ここにあるのは生きている産業。生の情報を知れることが魅力で、土佐和紙のことを一人でも多くの人に知ってもらえば、未来は明るいのではないか。なくなったら終わりだと危機感を持ちながらこの文化を守ることに微力ながら貢献していきたい」と1000年以上続く文化を守る責任の重さを語った。

 仁淀川の清らかな流れに支えられてきた土佐和紙の伝統は、単なる産業を超えた、地域の歴史や文化、そして人々の誇りの象徴ともいえる存在だ。繊細で奥深い和紙作りは、水という自然資源があって初めて成立する営みであることが再発見できた。

 今回の訪問を通じて、水の技術者と土佐和紙職人、そして地域の文化を守る人々との間に共通する価値観を浮かび上がらせた。見えにくい部分にこそ本質があり、日々の積み重ねや支える手によって、未来へとつながっていくということだ。

 水がつなぐ文化、技術、人の営み。それを守り、次世代へと継承していくためには、それぞれの立場から水の価値を正しく理解し、行動していくことが求められる。「なくなったら終わり」という危機感と、「続けることで未来をつくる」という希望。その両方を胸に、フソウは今後も水とともに地域の持続可能な発展を支える存在として、社会に貢献していく。


記者の視点

 和紙作りと水インフラ企業、一見すると結びつかない両者には、引き継いでいくべき伝統、確かな技術が求められる仕事、伝統工芸の後継者不足と上下水道事業の技術者不足、また互いにきれいな水を求め、利用し、人々の生活を豊かにするという共通項が見える。

 地域によって形を変える水があらゆる分野とつながっていることを感じられる取材だった。

 整備促進の時代が終わる中、水事業の抱える課題は多様化している。課題解決には、視野を広く持つことが求められる。折しも国では異分野との連携を掲げてこれらの解決を図ろうとする機運も見られる。

 伝統工芸との関わりは直接、上下水道事業への課題解決にはつながらないかもしれない。ただ、そこに息づく人々の思いや伝統を知ることは、解決に向けて視野を広く持つヒントとなるのではないだろうか。

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