身近にあるから気が付かない
フソウの日下さんは日頃、同社エンジニアリング部門で各事業体やコンサルタントに水質などに関する技術提案を行っている。お客さまのニーズに合う提案を行うこと、失敗を恐れないでチャレンジすること、そしてコミュニケーションを大切に仕事に向き合っているという。
一方、北岡さんは実家が紙漉きの職人――。というわけではない。同館の技術員募集に応募して35年。「縁あってこの仕事の担当になったが、地元が誇る伝統工芸品に携われる仕事ができて良かった」とはにかむ一方、「土佐和紙は身近にありすぎて、携わるまであまり知らなかった」と話す。
田邊さんは、同館で主に展覧会の企画を担当。「土佐和紙の歴史、紙のまちの歴史を知ってもらいたい。いの町の紙づくりの歴史を知ってもらえれば、まちに対する愛着や、土佐和紙への関心が出てくるのかなと。そういう思いで展覧会を企画している」と仕事への思いを教えてくれた。
和紙作りと上下水道。一見、つながりのない両者だが「水」を介することで共通点も見えてくる。
「最初に土佐和紙の作り方教えてもらった時、何もないところから形が出来上がっていくことに先ほど初めて紙漉きを体験された日下さんと同じように感動したことを思い出した。他の地域だと、水が硬くて紙が漉けないところもある。飲んでおいしい水は紙漉きにも適していると言われている。いの町の職人の多くは仁淀川の伏流水を井戸に引いて、紙漉きを行っているので、万が一仁淀川の水質が悪くなれば紙漉きができなくなる。水が変われば、紙の質も変わる」と北岡さんは言う。
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一方、たびたび水不足が話題になる香川県出身の日下さん。「私の出身かつ当社の創業の地でもある香川県は、これまで幾度となく渇水が起こってきたため、水は非常に貴重なものとされている。隣県ながら香川には自己水源がほとんどないため、仁淀川を見ると羨ましく感じる。地域によって、水の『普通』のあり様が違うことがよくわかった」と地域ごとの違いにあらためて目を向ける。
同館に配属される前は3年ほど役場で中山間地域の水道を担当していたという田邊さん。「水道は出るのが当たり前なので、いざ出なくなるとその影響は計り知れない。土佐和紙も奇跡的にその文化が続いているが、今は職人も20軒程度になり、これが当たり前ではないと日々思っている。多くの博物館は昔あったものを紹介する場合が多いが、ここにあるのは生きている産業。生の情報を知れることが魅力で、土佐和紙のことを一人でも多くの人に知ってもらえば、未来は明るいのではないか。なくなったら終わりだと危機感を持ちながらこの文化を守ることに微力ながら貢献していきたい」と1000年以上続く文化を守る責任の重さを語った。
仁淀川の清らかな流れに支えられてきた土佐和紙の伝統は、単なる産業を超えた、地域の歴史や文化、そして人々の誇りの象徴ともいえる存在だ。繊細で奥深い和紙作りは、水という自然資源があって初めて成立する営みであることが再発見できた。
今回の訪問を通じて、水の技術者と土佐和紙職人、そして地域の文化を守る人々との間に共通する価値観を浮かび上がらせた。見えにくい部分にこそ本質があり、日々の積み重ねや支える手によって、未来へとつながっていくということだ。
水がつなぐ文化、技術、人の営み。それを守り、次世代へと継承していくためには、それぞれの立場から水の価値を正しく理解し、行動していくことが求められる。「なくなったら終わり」という危機感と、「続けることで未来をつくる」という希望。その両方を胸に、フソウは今後も水とともに地域の持続可能な発展を支える存在として、社会に貢献していく。